オオイシアブとチャイロオオイシアブの比較

a comparative report on L. mitsukurii with L. rufa

日本各地の低山地から亜高山帯において、5〜8月に林縁部でよく見かけるオオイシアブ.
その体毛色のバリーションのため、個体によってはオオイシアブなのか、チャイロオオイシアブなのか確定しにくいことが多い.
一般的な概念として、オオイシアブは黒毛が多く、チャイロオオイシアブは褐色毛が多いということで分類しているが、これらの標本を並べてみると、中間的な形質のものであったり、体毛の色や分布の変異が大きく、同定に苦慮する.
Lehr(1989)もサハリンと千島列島産の両種について同じ問題点を挙げている.また、同時にLaphria属各種の交尾器を分解し、パーツの形状で分類を試みている.
今回、日本各地で採取された、いわゆるオオイシアブと、いわゆるチャイロオオイシアブの交尾器パーツの形状を調べ、両種について検証してみたい.

※このレポートは随時更新中です.また特に公開をしていません.偶然見つけられた方はご留意下さい.

1.両種の取り扱い

オオイシアブ Laphria mitsukurii Coquillett, 1898, Proc. U. S. Nat. Mus., 21: 316; Matsumura, 1905, Thousand Ins. Jap., 2: 75; Matsumura, 1911, J. Coll. Agri. Tohoku, 4: ??; Engel, 1928, Flieg. Pal. Reg., 4(2): 225; Matsumura, 1931, 6000 Ill. Ins. Jap., 433; Shiraki, 1932, Iconogr. Ins. Jap., 132; Shiraki, 1950, Iconogr. Ins. Jap., reform., 1602; Nagatomi, 1962, Kontyu, 30: 256; Nagatomi, 1964, Kontyu, 32(2): 224; Hisamatsu, 1965, Iconogr. Ins. Jap. Col. Nat. Ed., 3: 202; Lehr, 1988, Catal. Pal. Dipt., 5: 203

チャイロオオイシアブ Laphria rufa Röder, 1885, Mittel. Schweiz. Entom. Ges., 7: 192; Matsumura, 1905, Thousand Ins. Jap., 2: 76; Engel, 1928, Flieg. Pal. Reg., 4(2): 225; Matsumura, 1931, 6000 Ill. Ins. Jap., 435; Hisamatsu, 1965, Iconogr. Ins. Jap. Col. Nat. Ed., 3: 202; Lehr, 1988, Catal. Pal. Dipt., 5: 203.

2.両種について記載文での比較.

(1) 原記載の内容

 @オオイシアブについて (Cquillett, 1898 より)

頭部:口髭は明黄色で黒色毛が少々混じる
    顔面と後頭部の上方には黒色毛
    後頭部の下方、頬の下方、口吻には赤黄色毛で黒色毛が混じる
    触角には赤色毛と黒色毛が混じる

胸部:光沢有り
    短くて疎らな黒色毛を具え、前部と側部には赤黄色毛が混じる
    側板は主に黒色毛
    小楯板には短い黒色毛、縁に沿って多数の黒色剛毛と黄色剛毛

腹部:光沢有り
    第1節〜第3節と第4節の基部は短い黒色毛に疎らに覆われる
    残りの節は明赤色の伏せ毛で濃く覆われる

脚 :黒色毛と赤黄色毛が混じる

産地:「Japan」との記述のみ
※Nagatomi(1962)のLaphria mitsukuriiの記事に "Syntypes examined: 2♂♂ 2♀♀, all of which are labeled "Gifu, Yama""と記述されている

 Aチャイロオオイシアブについて (Röder, 1885 より)

頭部:口髭、顎髭は黄色
    後頭部は黄色毛で黒色毛が混じる
    額には黒色毛
    触角第1節に黒色毛

胸部:光沢のある黒色
    赤黄色毛が濃い
    前縁、側縁に黄色毛があり、黒色剛毛が混じる
    側板には褐黄色毛
    小楯板後縁に長い黄色毛

腹部:第1節〜第3節に黒色毛
    但し、第3節は後縁に向かって赤黄色毛となる
    以下の節は濃くて鮮やかな赤黄色毛

脚 :前腿節の外側に赤黄色毛
   中腿節と後腿節の基部には白っぽい毛

産地:「Japan」との記述のみ

 @Aをまとめてみると

両種共に胸背に光沢があるが、

     L. mitsukuriiの胸背には黒色毛が優勢で、腹背に於いては第1〜第4節基部までは黒色毛、それ以降は赤黄色毛(下の写真はその典型)

♂(交尾器切除後)  

 

     L. rufaの胸背には赤黄色毛が優勢で、腹背に於いては第3節基部までは黒色毛、それ以降は赤黄色毛(下の写真はその典型)

♂(交尾器切除後)  

(2) 両種について同時に記述している資料
 @ Matsumura, 1905
 A Engel, 1928
 B Matsumura, 1931
 C Hisamatsu, 1965
 D Lehr, 1898


@ Matsumura, 1905での記載事項

  mitsukurii (オオイシアブ) rufa (チャイロオオイシアブ)
体色 光沢ある黒色 黒色
頭部 頭頂、後頭、頬に黒色長毛

触角は黒褐色

顔に黄色長毛を簇生し、黒毛が混じる

触角は黒色で、第1節に黄色毛を装う

胸背 前半には短い黄褐色毛を簇生、

後半は黄橙色の長毛を密生

赤黄色の短毛を密生し、その後縁のものは
長い
腹背 前半は光沢ある黒色で黒色毛を簇生、

後半は赤黄色の長毛を密生

第3節には黄褐色および黒色の長毛を密生、
但し黒色毛は少ない

第4−5節には黄色長毛多く、尾端には黒色毛

黒色

腿節:赤黄色毛および黒色毛の混生

黒色

黒色長毛を密生し、疎らに黄赤色毛を混生

前腿節の末端に黄色毛あり

体長 ♂:7分(約21mm)

♀:8分(約24mm)

♂:7分5厘(約23mm)

♀:8分  (約24mm)

分布 北海道、本州、九州 北海道、本州
備考 図は♀ 図は♂
和名は「せあかおほいしあぶ」となっている

      ※簇生:叢生に同じ.草木が群がり生えること.密生>簇生

A Engel, 1928

  mitsukurii (オオイシアブ) rufa (チャイロオオイシアブ)
頭部 黒色毛が優勢 黄褐色毛が優勢
胸背 黒色毛が優勢 金黄色毛が優勢
縫合線より後方では特に長い
腹背 第4節後半およびそれ以下の節が
黄橙色長毛で被われる
第1−2節、および第3節前半に暗色毛を装うが、
それ以下の節は黄橙色毛で被われる
     

B Matsumura, 1931

  mitsukurii(オオイシアブ) rufa(チャイロオオイシアブ)
体色 光沢ある黒色 黒色
頭部 頭に黒色長毛.頬に黄色長毛 顔に黄色長毛を簇生し黒色毛が混じる
胸部 胸背前半に黄褐色短毛、後半に橙黄色長毛 胸背前半に赤黄色短毛、後半はそれが長くなる
腹部 腹背前半は黒色毛、後半は黄色長毛 第1節〜第3節は黄褐色長毛及び黒色長毛
第4節〜第5節は黄色長毛
尾端に黒色毛
分布 北海道、本州、九州 北海道、本州

※備考
Matsumura, 1905、Matsumura, 1931共に
L. mitsukuriiに関しての内容はL. rufaのことを述べ、
L. rufaに関しての内容は下に示す種のことを記述していると思われる.
下に示す種は、北海道では比較的多く採集されるも未同定種である.

C Hisamatsu, 1965

  mitsukurii (オオイシアブ) rufa (チャイロオオイシアブ)
頭部 顔面に黄色長毛を装い、黒色毛が混じる  
胸部 黒色で、黒色長毛を密生し、褐色毛が混じる  
腹部 第4節後半以下に橙黄色長毛で覆われる 第1節〜第3節前半に暗色毛
以下に橙黄色毛
分布 本州、四国、九州、中国、台湾 北海道、本州、四国、九州

D Lehr, 1989

両種についての個別の記述はないが、keyにおいて胸部背板の毛について、
・黒色毛が優勢・・・L. mitsukurii
・楯板線後方には明らかに長い淡黄赤色毛or黄色毛がある・・・L. rufa
と分類している

ただ、本文中のL. mitsukuriiについての記述は以下の通りである
「本種は日本から正確なlocalityを示されることなく記載された(Coquillett, 1899).その後、日本に加えて、サハリン(Matsumura, 1911)、フィリピン諸島(Engel, 1930)、中国(Bromley, 1945)から記録された.私はサハリンと千島列島産の200個体以上を調べた.それらはすべてL. rufaで、L. mitskuriiの典型的なものはなかった.Engelに従うと、体長は15-19mm、しかし日本産の2♂はどちらも23.5mmで♀は22mmである.」
また
「すべてのヨーロッパ−シベリア種は交尾器の構造を含む外形に大きな違いがある.USSRの極東南部における旧北区の種の中でL. rufa とL. bilykovaeが生息する.それらは外形に大きな違いがあるが、それらの交尾器はL. mitsukuriiと同じである.L. rufaはもっとも普通種.サハリンと千島列島南部で、本種は体長、毛の色、黒毛と淡色毛の割合において多くの変異がある.淡色毛は淡黄色から明黄色−赤色までの変異がある.L. bilykovaeは希な種.それはたぶん安定した外部形態である.L. rufaの近縁種の状態を解決するためには、日本産の大量の標本を検することで可能になりそうだ.」
とL. mitsukuriiとL. rufaの再検討の必要性を述べている.

 

3.標本の比較

  次の画像は、奈良県内の標高約600mの山頂付近で、同日に、ほぼ同所で採集したLaphria属の♂個体である.

    

  過去の記載文から判断すると、AはLaphria mitsukurii(オオイシアブ)で、BはL. rufa(チャイロオオイシアブ)、Cは赤褐色毛の多いL. rufa(チャイロオオイシアブ)として扱われる.

 

 

Lehr(1989)は、♂交尾器のdististylusとletral process of basistylus (mesal process) の構造が良い同定材料である、として同定にそれらを用いている.
そこで同定の一つの要素として用いられる胸部、腹部の黄褐色毛の分布と、口吻の形状、交尾器の形状、dististylus及びletral process of basistylusの形状に関係性が見いだせるか、表に並べてみた.

※mesal process = lateral process of basistylus inner side. epandrium removed



Table 1. 上に示した奈良県内採集の3頭の比較

標本
No.
  タイプとその特徴 lateral process of basistylus (mesal process)
(inner side)
lateral process of basistylus (mesal process)
(outer side)
dististylus dististylus
L. 2 タイプ A

胸背:黒色毛が優勢

腹背:第4節後半より黄褐色毛

L. 3 タイプ B

胸背:黄褐色毛が優勢

腹背:第3節後半より黄褐色毛

L. 4 タイプ C

胸背:黄褐色毛が優勢

腹背:第3節以前より黄褐色毛

それぞれのdististyleには差異はないが、lateral process of basistylus (mesal process) の鋸歯状突起の大きさや並び方に違いが見受けられる.

そこでlateral process of basistylus (mesal process) の形状で分類できるのではと思ってしまうが、3個体だけの検討では不十分であるから、多くの標本の交尾器を分解して下に示す

  タイプ [dorsal view] [lateral view] lateral process of basistylus (mesal process)
[inner side]
lateral process of basistylus (mesal process)
[outer side]
dististylus dististylus
L. 1 A
L. 2 A
L. 5 A
L. 7 A
L.11 A
L.12 A
L. 3 B
L. 8 B
L. 9 B
L.10 B
L.13 B
L.14 B
L.15 B
L.16 B
L. 4 C
L. 6 C

 

交尾器のパーツについて比較したが、タイプA、タイプB、タイプC共にdististylusには大きな違いはないように思え、また、lateral process of basistylus (mesal process)は突起の変異が大きく、どちらも同定の決め手にはなりにくい.

その他の各部(口吻の形状、触角各節の長さ比、脚部の剛毛等々)についても、特筆すべき差異はない.

 

 

胸背部の毛は後方のものほど長くなり、その後半部の毛がタイプAではほぼ黒色、タイプBではほぼ赤黄褐色で、この点だけで分類すればいいのかも分からないが、ところがネット上で下に示す写真を見つけた.

左がタイプBで、いわゆるL. rufa(胸背部は赤黄色毛が優勢で、腹部第3節より赤黄色毛)
右がタイプAで、いわゆるL. mitsukurii(胸背は黒色毛が優勢で、腹部第4節より赤黄色毛)

タイプAとタイプBの交尾である.

この写真から少なくともタイプAとタイプBとは同種であると判断してもいいものか?

異種間交尾という場合もあるかも知れないが、頻繁に起こるものではないでしょうから、この事例を多く観察することで同種であるかどうかの判断が一番正しいのか?

ご意見をお聞かせ下さい.